注意欠陥多動障害で4か月でせっかくついた正社員の仕事を手放した話

仕事のこと

──迷惑をかけたくなかった私が、就労移行支援を選ぶまで**

仕事を始めてから、わずか4か月で正社員を退職する決断をしました。
理由はひとつ。注意欠陥多動障害(ADHD)による「抜けミス」の退治が、どうしても仕事に追いつかなかったから。
双極性障害のほうは落ち着いていました。
波は静かで、心の調子も安定していんです。
だからこそ、余計に「注意欠陥」の部分が前に出てしまったのかな。

■ 仕事がうまくいかない、あの感覚

やる気がないわけではなく。
努力しなかったわけでもない。
ただ、
・覚えたはずの手順が抜ける
・気をつけているのにミスが出る

そんな「小さな穴」が、毎日のように空いてしまう。
自分では塞いでいるつもりなのに、気づくとまた別の場所に穴が開いている。
その繰り返しに、心がすり減っていきました。

■ 会社の人たちは、いい人ばかりだった

これが一番つらかった。
もし職場の雰囲気が悪かったら、
「もう無理だ」と簡単に手放せたかもしれない。
でも実際は、
優しい人ばかりの職場だった。
だからこそ、迷惑をかけたくなかった。
「またミスをしたらどうしよう」
「自分のせいで誰かの負担が増える」
そんな不安が、毎朝の通勤電車で胸の奥に重く沈んでいた。

■ 自分の限界を認めるまでに時間がかかった

双極性障害は落ち着いている。
薬も効いている。
生活も安定している。
それなのに、仕事だけがどうしてもうまくいかない。
「努力が足りないのでは」
「もっと頑張れるのでは」
そう思い続けて、気づけば4か月が過ぎていた。
でも、ある日ふと気づいた。
“頑張り”では埋まらない穴が、確かに自分の中にあるということに。

■ 娘の進路を探す中で出会った「就労移行支援」

実は、就労移行支援という言葉を知ったのは、
知的障害のある娘の進路を調べていたときだった。
そのときは、
「娘のための選択肢のひとつ」
くらいにしか思っていなかった。
でも、自分が仕事でつまずき続ける中で、
その言葉がふと頭に浮かんだ。
「私も、支援を受けていいのかもしれない」
そう思えたのが、今年の1月の末だった。

■ 就労移行支援を選ぶという決断

退職を決めたあと、私は就労移行支援を利用することにした。
逃げたわけではない。
甘えたわけでもない。
ただ、
自分の特性に合った働き方を探すために、必要なステップだと感じたのだ。
娘の未来を考えるように、
自分の未来もちゃんと考えていい。
そう思えるようになったのは、少しだけ成長なのかもしれない。

■ 最後に

4か月で仕事を辞めたことを、恥だとは思っていない。
むしろ、無理を続けて壊れてしまう前に立ち止まれた自分を、少しだけ褒めたい。
これから、就労移行支援でどんな道が開けるのかはまだわからない。
でも、焦らず、ゆっくり、自分のペースで進んでいくつもりだ。
同じように悩んでいる誰かに、
この文章がそっと寄り添えたら嬉しい。

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