生活保護とお婆さんの話──「助けて」が届かない国で

社会

63歳のお婆さんは、長年ひとりで家族を支えてきました。旦那さんはいますが、一切家にお金を入れない遊び人。お子さんは重度の障がいがあり、頼ることはできません。お婆さん自身も身体に障がいを抱え、働くことは難しい状況です。

年金は早めにもらったものの、生活できるほどの額ではありません。病院代もかかり、電気毛布も壊れ、エアコンも壊れてしまいました。それでも、なんとか暮らしをつないできました。

市役所に相談しても「生活保護は受け付けられません」

困り果てたお婆さんは、市役所に生活保護の相談に行きました。しかし返ってきた言葉は冷たいものでした。

「家を持っているから生活保護は無理です」

家は田舎にあり、売りに出しても買い手がつきません。それでも「売れないなら資産です」と言われてしまう。何度相談しても、答えは変わりませんでした。

制度の“線引き”のせいで、助けが必要な人が助けに届かない――そんな現実が、目の前にありました。

追い打ちのように、旦那さんが亡くなった

そんな中、長年連れ添った旦那さんが亡くなりました。悲しみの中で、お婆さんは泣きながらこう言いました。

「哀しいけど……これで遺族年金で暮らしていける」

本来なら、支え合って生きていくはずの夫婦。その死が、生活の“救い”になってしまうほど、追い詰められていたのです。

それでも政府は、遺族年金を「5年で終わり」にしようとしている

そんな遺族年金も、政府は「5年で終了する制度」にしようとしています。長年働き、税金を納め、家族を支えてきた人たちの生活を、どうしてこんなにも軽く扱えるのでしょうか。

海外には惜しみなくお金を出し、国内の弱い立場の人には「自己責任」。制度の矛盾に、怒りと虚しさが込み上げてきます。

本当に守られるべき人が守られていない

この国では、

    • 家が売れないのに「資産だからダメ」実際は家があっても生活保護を受けられる場合はある
    • 障がいがあって働けなくても「働け」と言われる。雇ってくれるところはない
    • 年金は減り続ける
    • 遺族年金も縮小されようとしている

そんな状況が続いています。

助けが必要な人ほど、制度の隙間に落ちていく。それなのに、多くの人がこの問題に無関心でいることに驚きを感じます。

私は、そんな国で生きていきたいとは思えない

日本人が必死に生きても報われず、弱い立場の人が声を上げても届かない。そんな社会で、誰が安心して年を重ねられるのでしょうか。

お婆さんの話は、決して他人事ではありません。明日は自分かもしれない。だからこそ、私はこの国のあり方に疑問を持ち続けたいのです。

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